温泉メカニズム体験記「岐阜県新穂高温泉」
北アルプスの山々が眼の前に迫る岐阜県奥飛騨温泉郷「新穂高温泉」。奥飛騨温泉郷とは、平湯川と蒲田川沿い、平湯、福地、新平湯、栃尾、新穂高の五つの温泉のことを指す。中でも新穂高温泉は、奥飛騨温泉郷の最奥に位置し、穂高連峰の麓を走る蒲田川のせせらぎ沿いに湧いている、まさに野趣満天の湯といえる。
※写真:佳留萱山荘の大露天風呂。一度に250人の入浴が可能だという。

アルペンムード漂う穂高連峰の新しき場所
JR松本駅から、2時間ほどバスに揺られ終点で降りると、眼前には北アルプスの山々が迫り、白く波立つ蒲田川の清流とのコントラストが美しい。公共の湯や温泉宿は、蒲田川沿いの広い範囲に点在しているので、温泉街というよりは、北アルプスへの登山口といった風情で、アルペンムードが漂う。大きなリュックを背負った登山者に交っていると、まるで行き先を間違えてしまったように感じる。
バス停からすぐの蒲田川にかかるめぐみ橋のたもとに、井上靖の小説「氷壁」にも登場する温泉宿中崎山荘がある。実は、この地を「新穂高温泉」と名付けたのは、中崎山荘の先代だという。中崎山荘の先代が林業を営んだ後、昭和28年に登山者のために山小屋を立てた。その際に、名も無き温泉地に、穂高連峰にある新しき場所との意味で「新穂高温泉」としたのだそうだ。
中崎山荘の脇には、無料の持ち帰り湯・足湯の「中崎の湯」が併設されている。靴を脱ぎ、移動で疲れた足を浸してみたが、なるほど、指先の関節がゆっくりと開いてゆくようで、何とも言いがたい気持ちの良さである。湯の温度が高く、最初は熱く感じたが、しばらくすると、足先から段々と熱が伝わってきて、身体中がじんわりと温まってくる。足湯を愉しみながら、持ち帰り用の中崎の湯を眺めていると、引きもきらずに登山者や地元の人々が、ペットボトルを持って温泉を汲みに来る。試しに一口飲んでみたが、口当たりはまろやかである。北アルプスの湧き水も引かれており、こちらはまさに清流が身体を走りぬけるような冷たさだった。

「新穂高温泉」のバス停前にある食堂。
1階には観光案内所と登山者センターがある。

めぐみ橋から蒲田川の眺め。
清流の先には新穂高連峰の
緑が広がり、すがすがしい。

中崎山荘横の足湯。
湯船も腰掛けも大自然の陽を
浴びて古びているが、それが
かえって風情を感じさせる。

中崎山荘横の持ち帰り湯。
特に地元の人々に人気で、
皆ペットボトルを4個も5個も
持って汲みに来ている。

持ち帰り湯に併設されている
北アルプスの湧き水。
午前中に行くと、取れたての
野菜が冷やされて売られている。
蒲田川との一体感溢れる新穂高の湯
路線バスに乗り換え、来た道を少し引き返すと、蒲田川にかかる中尾橋の下に、公共の露天風呂「新穂高の湯」がある。地元の人々に人気の湯だけあって、3世代で来ている家族連れもあり、のんびりと楽しそうに湯に浸かる姿がほほえましい。
こちらの湯にも入湯してみた。橋の上から見ると、蒲田川に浮かんでいるような形状に見えたが、浸かってみるとまるで川の中に居るような錯覚を覚える。岩ひとつはさんで本物の清流が流れており、怖いほどだ。泉質は単純泉で、癖がなくさらりとしている。その感触がまた、自然の流れ、川の流れそのものであるように感じさせる。先ほどの足湯よりはぬるめの湯で、ゆっくりと温まることができた。
このような山間の混浴の湯であるにもかかわらず、入湯している間に、地元の家族、登山目的の学生グループ、外国人観光客など、さまざまな利用者が立ち替わり入れ替わり入ってゆく。初めて新穂高に降りたったときから感じていたが、緑深い山郷にありながら、この気安さ、広く一般に開かれた雰囲気こそ、新穂高温泉のもう一つの魅力かもしれない。

「新穂高の湯」入り口。
大勢の登山者や家族連れが
橋を行き来する。

蒲田川に浮かぶ新穂高の湯。
力強い川の流れとは対照的に、
多くの人々が和やかに湯を
愉しんでいる。
250人が入れる大露天風呂に「挑戦」?

蒲田川沿いに位置する「水明館 佳留萱山荘」。
露天風呂は館外にあり、24時間入浴できる。

大露天風呂奥にある「滝と洞窟の湯」。
洞窟部分に近づくにつれ、
湯の温度が高くなる。
日が落ちてきたところで、本日の宿「水明館 佳留萱山荘」へ。新平湯温泉と新穂高温泉のちょうど中間に位置する、東海随一の湯量と大露天風呂を誇る宿である。玄関には雨天時に使用するすげ笠がかけられ、築50年の建物には昔ながらの湯治場の情緒が感じられる。入り口横には、「笠が岳」から引かれた湧き水を自由に飲むことができる設備もある。
荷を解くのものも早々に、さっそく、250人が一度に入湯可能な大露天風呂に入る。どこに腰を落ち着けてよいのか、迷うほどの広さである。大露天風呂の中でも、「滝と洞窟の湯」と呼ばれる場所に行ってみた。岩盤をくりぬいて洞窟のようになった奥からは、単純泉のさらりとした湯が沸き出でている。その湧出量たるや1分間に1200ℓ、ドラム缶6本分ということだから、何とも贅沢な風呂といえよう。あがった後に効能を見てみると、第一に「ヒステリー及び神経衰弱」とある。なるほど。この大自然、この贅沢な湯を後にしては、ヒステリーなど起こしようもない。ひとり納得して笑ってしまった。
夕食後、一休みして就寝前に内湯に入ってみた。こちらは3つある源泉のうち炭酸水素塩泉にあたり、肌に吸いつくようなしなやかさを持つお湯である。心持ち長めに湯に浸り、すっかり温まってこのすべすべ感が続くうちにと、すぐに就寝してしまった。
朝目覚めると、抜けるような晴天。3つある貸し切り露天風呂の内、蒲田川の川岸にある「かじかの湯」がちょうど空いていたので、チェックアウト時間まで入ることにする。昨日入った「新穂高の湯」も蒲田川岸だが、何といってもこちらはひとりきりでの入湯である。
眼前の大自然とひとりで対峙していると思うと、快い興奮を覚えた。環境、そして湯と、心身ともに、これ以上ないほど新穂高温泉を堪能できた。数時間後には都会の雑踏の中にある自分を想像すると、まるでそちらが夢の中のことのように不思議に思えた。
COLUMN
バスの中でも、また往来でもたくさんの登山者に出会った。老いも若きも、皆一様に大きなリュックを担いでいる。どのくらいの重さなのか、バス停で一緒になったご老人に聞いてみる。「そうねえ、20キロぐらいかねえ30キロはないと思うけどねえ」と朗らかに言うのだが、ご老人、どう見ても70歳はこえている。にわかには信じられず、ちょっと背負わせてくれと頼むと、「あんたには無理かねえ」とこれまた朗らかに笑われる。持ち上げるのでさえ困難であった。また笑われる。自然とは、山というのは、人を大きく強くするものなのだと思った。
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