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紀州和歌山 龍神温泉
温泉メカニズム体験記「紀州和歌山 龍神温泉」
 和歌山県と奈良県の県境、霊峰高野山を中心に位置する高野龍神国定公園は、紀州の屋根とも言われ、雲海を見下ろす絶景は人を自ら敬虔な気持ちにさせる。その山深く静かにたたずむ龍神温泉。中里介山の「大菩薩峠」にも登場するこの温泉を緑豊かな季節に訪ねてみた。
※写真: 雲海を下に眺めてバスは標高をあげ龍神温泉へと向かう。神々しいような不思議な気分になる。
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霊峰高野山へと連なる緑の中へ
 和歌山県の空の玄関口、南紀白浜空港上空を飛行機が旋回する。夏の空を映し藍色も鮮やかな海辺に緑深い山々の畝が迫る。海辺からすぐに山裾へとつながり、平地が意外と少ない。これから向かう紀州が、熊野古道や高野山といった霊峰を控えた「山の地」であることが空からだと実によくわかる。
 空港からバスで田辺市へ。そしてさらに紀伊田辺駅でバスを乗り継ぎ、「龍神温泉」へと向かう。バスは市街地を抜けて、日高川沿いにぐんぐんと標高を上げ進んでいく。和歌山県の温泉というと南紀白浜の海のイメージが強いが、龍神温泉は、背後には護摩壇山、高野山という神聖な山々がそびえる山懐に抱かれた秘湯である。
 紀伊田辺駅から走ること約1時間20分、竹林や杉林のむせ返るような緑の中、日高川の清流は上流になるほど勢いを増し、その美しい水の輝きと幾重にも連なる細かなカーブは、まさしく龍が体をうねらせて昇っているようだ。そんな窓外の景色に見とれているうちに龍神温泉に到着する。
 龍神温泉開湯のゆかりは、役の行者によって発見され、後に弘法大師が難陀龍王のお告げにより開いたものと伝えられている。だが、史実的にはっきりとしているのは、紀州徳川家藩主徳川頼宣公が、この地を気に入り、ここで温泉を楽しむために宿を建てさせたということだ。その名残が、今回宿泊した、「下御殿」や、「上御殿」という旅館名にそのまま残っている、由緒ただしき温泉地である。

日高川にかかる橋の上から
龍神温泉の方向を望む。
川と温泉地の密接な関係がよくわかる。

下御殿の露天風呂
日高川にせり出して作られている。
(下御殿提供)
豊かな清流のマイナスイオンに包まれて
 ここには温泉街と呼ぶような華美なものはなく、まるで日高川を敬い、そこに寄り添うように宿やみやげもの屋が並んでいるのが印象的だ。カジカガエルの美しい鳴き声が響き渡り、それ以外は清流の音しか聞こえない。この道が修験者の山、高野山へと続いていることを嫌が上にも思い知らされる静謐さである。
 600メートルほど山道を登ったところに「曼荼羅の滝」があると聞き、行ってみた。杉木立の幻想的な景色と、オーケストラのようなカジカガエルの鳴き声に包まれて浴びる、滝からのマイナスイオン。空気の味が違うというのは、こういうことを言うのかと実感する。もうすでに温泉の転地効果は満喫といったところか。

曼荼羅の滝。
カジカガエルの声と冷たい空気に
ヒーリング気分。

滝から温泉街を見下ろす。
山深い温泉地であることがよくわかる。
 滝から下り、温泉寺の境内を抜けると、公共の「龍神温泉元湯」がある。地元の人や、麓の集落から車で来た人々が利用していて、入り口付近では銭湯のような気安さで立ち話などしている。
 まずは、さっそくこちらに入湯してみる。浴室内にも大きな湯船があるのだが、ほとんどの人が露天風呂の湯船に浸かっているのが面白い。ここではどうやらそちらが普通のようなので、真似をして露天のほうへ。湯ざわりは、あきらかにただの湯とは違う。つるりという表現がよいのか、薄い化粧水のような、肌にさらりとくっついてくるような柔らかさで、何度も腕や足を撫でてしまう。
 龍神温泉の泉質は「ナトリウム炭酸水素塩泉」。群馬の川中温泉、島根の湯の川温泉と並ぶ日本三美人の湯である。この湯ざわりならばそれも納得。湯上りの肌はもちろんツルツルである。

温泉寺境内。静かなたたずまいが、
秘湯に来たことを実感させる。

元湯の玄関。
銭湯のような気軽な雰囲気だがお湯はすごい!

龍神温泉街の上流にかかるつり橋。
思わず足がすくむ。
珍しい龍神姓に歴史を実感

下御殿の玄関。
歴史情緒を感じさせるつくりだ。
(下御殿提供)
 元湯での入浴を終えて、本日の宿「下御殿」へ。上御殿がお殿様専用の宿なら、こちらはその御家来衆のための宿だったそうだ。水害や火災などで江戸時代から何度か立て替えられているというが、古い調度がさりげなく置いてある、畳敷きのロビーが嬉しい。
 そして、なんとこの宿の主をはじめ、この温泉地には「龍神」姓が数件あるという。藩主から許された苗字ということだが、改めて歴史ある温泉であることを実感する。
 宿の湯ももちろんナトリウム炭酸水素塩泉である。就寝前に檜の湯に入る。
 さきほどの元湯よりも温度は若干高めだが、のんびりと手足を伸ばせる心地よさ。何せ「美人の湯」ということと、その湯ざわりのよさについ長湯をしそうになる。天然マッサージ水といった感じで、つるりとした感触が心地よい。しかし美人の湯にばかり意識がいっていて、温泉が「温まる」ということを忘れていた。
 日高川から入る川風を部屋に入れながら就寝したのだが、湯冷めしらず。曼荼羅の滝に登った筋肉痛も楽になっていた。
 翌朝は、珍しい「お座敷風呂」に入った。つまり畳敷きの浴室である。ビニール畳だと思っていたら、特殊な加工をした天然のイグサである。
 浴槽の中も、洗い場も、すべて畳敷き、写真で見ると、まるで普通の和室の中にいきなり浴槽があるような不思議な印象を受ける。お殿様たちはこんな贅沢をしたのだろうか?
 実際に入って見ると、この畳がなんとも気持ちよい。足を伸ばしたり、行儀が悪いがちょっと横になったり、ゆっくりとくつろげる。開け放った窓は日高川に面しており風も心地よく、のぼせないので、ついついチェックアウト時間ぎりぎりまで利用してしまった。
 混浴の露天風呂は日高川の河原にせりだしており、増水のため入浴ができなかったが、美人の湯はたっぷりと充分に堪能できた。肌はツルツル、ピカピカで帰ってきたが「美人」のほうの結果は、客観的評価に頼るしかない。

下御殿の檜の湯。
たっぷりとした湯量が嬉しい。
(下御殿提供)

下御殿のお座敷風呂。
浴槽の中も畳敷きである。
(下御殿提供)
COLUMN
 帰途のバスは、龍神温泉から少し離れたバス停から乗った。道路を日高川上流方面へ歩いたのだが、急に空気がひんやりとし、気管にすっと入ってくる心地よい瞬間がある。藪を覗くとそこには必ず小さな「滝」が流れている。滝が発するマイナスイオンに周辺の空気が変わるのだ。よい温泉の近くにはよい水がある、と聞いたことがあるがまさしく実感。龍神は「湯」と「水」の里であった。
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