温泉メカニズム体験記「第3回 佐賀県 嬉野温泉」
温泉の効用には、さまざまな病気の症状軽減や精神的な癒し、疲労回復などがあるが、美容の効果も見逃せない。美肌にきき目ありと古くから知られる、肥前の国の嬉野温泉は、日本三大美肌の湯のひとつ。静かな街並のおだやかな湯を体験した。
※写真:豊玉姫神社境内にある白いつるつるの豊玉姫神社のなまず様。豊玉姫の使いで肌の病にご利益があるという

佐賀の静かな山ふところに広々とした空を望む温泉街
嬉野の街
嬉野の街:
なだらかな山に囲まれ
古い宿場町の風情がある
  佐賀県の南部、長崎県との県境、なだらかな山並を望んで嬉野温泉の街が広がる。ここは、西暦713年に編さんされた肥前風土記に記されているということで、古くから人々に知られていた温泉であることが分かる。火山のあるような高山地帯でもなく、沿岸部の平野でもなく、それでも濃い緑に囲まれ空はとても広い。
 温泉街は大きくはないが、静かでのどかな雰囲気が好ましい。蒸気が街のあちらこちら噴き出しているという光景はないが、街のはずれを流れる嬉野川の両岸には、温泉街ならではの建物の窓が並ぶ。江戸時代には、長崎街道の宿場町としても栄えたそうだ。
 かつて嬉野温泉の公共浴場としてにぎわったレトロな建築物がこの嬉野川のほとりにある。建物が老朽化したため現在は閉鎖されているが、温泉が嬉野の人々の生活と強く結びついてきたことがうかがわれる。
 街の中心に小さな庭園風の公園がある。その中の赤いかわいらしい屋根の下が「シーボルトのあし湯」だ。ややぬるめの湯は、誰でもいつでも使うことができる。名前の由来は、江戸後期に長崎の出島に駐在していたドイツ人医師シーボルトが、嬉野温泉を訪れたことからの命名だそうだ。
シーボルトのあし湯
シーボルトのあし湯:
シーボルトのあし湯。
温泉地の街ならではのうらやましい光景だ
公共浴場
公共浴場:
かつての公共浴場。
この大浴場に一度は入ってみたかった
豊富に湧き出すなめらかな湯入浴後の清涼感がすばらしい
 嬉野温泉の泉質は、炭酸塩泉や塩化物泉などで、弱アルカリ性を示す。これは美肌のためにとても良い条件であるという。まず、単に温泉の温熱効果によっても 血液の循環がとても良くなり新陳代謝が活発になる。湯が皮膚表面の余分な分泌物や脂肪分を洗い流してくれる効果もある。そして何より嬉野温泉に含まれる塩類の成分が、肌をコーティングして保湿の役割を果たしてくれるのだ。
 実際にお湯に入ってみると、無色透明で肌への刺激はまったく感じない。むしろお湯がすべすべと、あるいはつるつるとしている感じさえする。いつまでも入り続けたい気分になるが、長湯は体に良くないので上がってみると、体が温まっているだけでなく、何かさっぱりとした感じがする。嬉野温泉の資料などには「浴後に清涼感がある」と書いてあるが、その感覚が分かった。他にも嬉野温泉の入浴の効能には、慢性皮膚病、慢性婦人病、神経痛、リューマチ、切り傷など多くがある。
お湯に緑茶が入ったぜいたくな風呂
お湯に緑茶が入ったぜいたくな風呂は、
浴室中に茶の香りが満ちていて
リラックスできる

(浴室写真提供:和楽園)
嬉野温泉の不思議な湯豆腐カキの渋まで抜ける湯
 体へのさまざまな効用のほかに、嬉野の湯にはちょっと変わった効用がある。温泉水が弱アルカリ性であることを利用した湯豆腐だ。豆腐は、豆乳をいわゆるニガリ成分で凝固させたものだが、嬉野の温泉水を湯豆腐の調理水として使うと、そのアルカリ性の水質が作用して、凝固していた豆腐が溶け出すのである。
 鍋に入った湯豆腐は初めは普通と変わりはないのだが、沸き上がってくると、湯が乳白色になってきて、豆腐もゆるゆるとしてくる。口に入れてみると、なるほど豆腐はとろりとして不思議な感触になる。湯の方は豆乳になって、この中にだしを入れて飲むと体が温まって実にうまい。嬉野名物の「温泉湯どうふ」は、ちょっと科学を感じさせる、おいしい郷土料理だ。
 街を歩いていたら、八百屋さんの店頭で「湯ねり柿」という札を見かけた。「湯ねり」とは気になる名前なのでさっそく聞いてみると「温泉の湯に一昼夜つけることでカキの渋を抜いて甘くしたカキです」とのことだ。これは晩秋からの名物のようで、作り方は家々によって微妙に異なるそうだが、なぜ甘くなるのだろう。
 嬉野の地の大きな名産品の一つはお茶である。宿泊した「茶心の宿 和楽園」は、この名産のお茶をふんだんに使っている。露天風呂は湧き出し口にお茶の葉が入っていて、泉質と茶の成分が反応して茶褐色になっている珍しい湯だ。またお茶のパックが置いてあり、自由に温泉水につけながらマッサージできるようになっているのも嬉しい。
 嬉野温泉は、そのお湯と同様に、ゆったりとなめらかなものに満ちていた。
湯ねり柿
温泉湯どうふ
湯ねり柿と温泉湯どうふ。
どちらも嬉野の湯の恵みによる特産品だ。
(温泉湯どうふ写真提供:佐賀県)
COLUMN
 古代から知られた九州の名湯の一つ。肥前のなだらかな地を越えてどのような人たちが湯に入りに来たのだろう。そんなことを低い山並を見ながら、幾度も考える空気がこの土地にはあるようだ。なめらかな湯、つるつるとした湯。これはやはり実際に入ってみなくては分からない感触だ。文字どおり肌でしか知ることのできない湯。日本中から行きやすいという場所ではないが、この湯と街の感触は、味わうに充分な価値がある。
(取材:岩間靖典)
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