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HOME 温泉メカニズム体験記 第12回 徳島県 祖谷温泉
 木々に覆われた山を鋭く削ったように祖谷川が流れる。その渓谷の底に、ひそかに噴き出す源泉があるという。祖谷温泉の露天風呂に、体を沈めたい一心で訪れてみた。
※写真:「渓谷の湯」。周囲を祖谷渓谷の断崖が取り囲む。
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深い山あいに刻まれている
祖谷渓谷はまさに秘境だ。
  四国は阿波の国、徳島県の西部にJR土讃線の阿波池田駅がある。いわゆるローカル線の駅ではないが、こじんまりとした小さな駅である。駅前で素朴な祖谷そばを食べて、車で40分ほどの山道を登る。谷を流れるのは吉野川の支流の祖谷川。登るうちに谷がどんどん深くなり高度がぐんぐん上がっていくのが分かる。まったくの山の中で、ここに平家の落人伝説があるというのもうなづける。険しい山々に阻まれて、決して交通の便が良いわけではないが、日帰り入浴も含めて、わざわざ足を運ぶ価値があるという秘湯への期待は高まる。

 徳島県は、東部の沿岸や吉野川の流域以外は山が多く、山地は県全体の8割に達するが、草津や別府のように源泉が何カ所も湧いている場所は県内にはない。それだけに、祖谷温泉は、ひっそりとした秘境のイメージにもぴったりと重なる。同じ徳島でも阿波踊りのにぎやかさとは対照的だ。


谷底の露天風呂には
この専用ケーブルカーで降りる。

ケーブルカーの車窓からは
祖谷渓谷の深い谷底が望める。
   山道の突端、切り立った崖の上にホテル祖谷温泉の建物がある。だいぶ山の上に登ってきたので、周りの空も広く、山の宿といった感じだ。周囲には目立ったものもなく、まさに一軒宿である。

 まずは、展望大浴場に入ってみる。日本の自然の景観を眺めながら入る湯は、どこでも気持ちがほぐされていく。今は、眼下に初春の渓谷の景色を眺めながらの温泉浴だ。谷底の源泉から250メートルの高低差をパイプで引き込んでいるという。

 さて、いよいよお目当ての、専用ケーブルカーで降りる露天風呂へ行ってみよう。さっそく案内を請うと、屋外のケーブルカーの発着場に案内される。初春とはいえ、さすがに山の冷気はまだまだ肌にしみる。露天風呂は源泉が噴出する谷の底にあるため、このケーブルカーを使わなければ誰も入ることができない。発着場にあったのはクリーム色の小さなケーブルカーだが、なかなか本格的なものだ。ケーブルカーは軌道の角度に合わせて車体も前のめりになるような形をしているから、前方の車窓から望む谷底にちょっとスリルを感じる。ホテルから崖を170メートルまっすぐに下るのだから、その角度は急で42度という。はるか下に細く渓流が流れている。その川の流れがだんだんと大きくなり、おおよそ5分間の乗車で谷底の発着場に到着する。脱衣所からさらに階段を降りて、ようやく「渓谷の湯」を目の前にする


祖谷温泉ホテルから谷底まで
落差約170メートルを下る。

「渓谷の湯」。
周囲を祖谷渓谷の断崖が取り囲む。

自噴してそのままの湯は肌に気泡が付く。
  源泉の温度は39.3度、毎分の噴出量は1,500リットル、1日当たり2,000トンという豊富な湯が湯舟に注がれてあふれている。泉質は単純硫化水素泉。 湯の色はやや白濁して見える。

 谷川の冷気で硬くなった体に、念入りに掛け湯をして、ゆっくりつかる。においはそれほど強くなく刺激もないため、やわらかく入りやすい。そしてしばらくつかっていると、上の展望大浴場との違いに気が付いた。体に気泡が付くのである。その理由を後で聞いてみた。この露天風呂の方は、噴出する源泉をそのまま湯舟に注ぎ込んでいるため、成分が濃くガスの気泡が体に付くのだという。

 湯舟から眼前に見えるものは、祖谷渓谷の奇観をつくりだす結晶片岩という岩石の壁と木々に覆われた山肌だけである。体を乗り出して顔を上げると稜線の上に細く切り取られた空が見える。自分でボタンを操作して乗る帰りのケーブルカーには、他に乗る人はおらず、一人すっかり温まった体を、山の上まで運んでもらった。



祖谷温泉の一軒宿「祖谷温泉ホテル」。

露天風呂付き客室からの眺めもすばらしい。

JR土讃線阿波池田駅は
山あいの素朴な風情がある。

祖谷川の川べりに
ぽつんと建つ露天風呂。
COLUMN
 おいしい食べ物なら少しくらい手間を掛けても食べてみたい。すばらしい場所があれば多少時間がかかっても行ってみたい。優れた名湯ならわざわざ谷底へ降りてでも入ってみたい。なぜなら、それだけのことをする価値があるからだ。日々の疲れがいやされ、ほぐされ、快さに変わっていく実感を得るために、この日もタクシーで乗り付けてくるお客さんを何人も見た。
(取材:岩間靖典)
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