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第32回 神奈川県 湯河原温泉

第32回 神奈川県 湯河原温泉
 湯河原温泉は、神奈川県の西南端にあり、藤木川と千歳川の合流地点を中心に広がる温泉地だ。川の向こうはすぐ静岡県で、その先には熱海など伊豆の温泉地が続く。万葉集に詠われ古くから知られる相模の国の湯は、やわらかい感触の肌にやさしい湯としても親しまれている。
※写真: JR 東海道線の湯河原駅。駅の後ろには急峻な斜面がうかがえる。
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箱根山から相模灘への斜面に刻み込まれた温泉地
 神奈川県西部には、県内はもちろん国内有数の温泉が集中している。それは、富士山に連なる活火山の箱根山が県西端にあるからだ。箱根山は、火口が噴火後に陥没してできるカルデラ壁を持っていて、一帯をぐるりと山が囲んでいる。この大きな壁の中に芦ノ湖があり箱根の大温泉群がある。だが、温泉は壁の内側にだけあるわけではない。外側にもいくつかの温泉が湧き出している。その南東方向、静岡県との県境にある代表的な名湯が湯河原温泉だ。
 箱根が、古来から交通の難所であることはよく知られている。地図を見てみると、湯河原温泉の広がる藤木川の上流にある標高 1014mの大観山から、海までは直線距離で8kmもない。山からいきなり海につながっているようなものだ。
 この急峻な斜面を侵食して、峡谷を刻み込んでいるのが藤木川で、途中で千歳川を合わせて相模灘に注いでいる。この川に沿うように、箱根から海まで抜ける道は古くからあったらしいが、ここに温泉が湧出しているのだから、温泉地としても古くから知られたであろうことは、想像に難くない。

JR 東海道線の湯河原駅が湯河原温泉の入口。
東海道線の下りはこの先、長いトンネルに入る。
古い歴史を持ちながら新しい温泉施設が楽しめる
 湯河原温泉の発見物語は、いくつも残されている。
 古くは、大和時代の西暦700年頃、伊豆に流された役行者(えんのぎょうじゃ)が、霊感によってこの温泉を発見して身を清めたという。奈良時代の730年頃に、僧の行基がこの地を訪れて薬師如来に功徳をしたことから、この温泉を薬師の湯と名付けた伝説もある。また、奈良時代終わりから平安時代初めにかけて、何度も噴火をした富士山とその周辺の実地調査に訪れた弘法大師(空海)が、この地の滝で足を洗ったところ、その水が温泉に変わったと伝えられる。
 この他にも、加賀(石川県)から来た山伏による開拓の伝説、源頼朝の兵士がここで戦傷を癒したという言い伝え、さらに、タヌキが猟師に射込まれた矢の傷を癒したといった物語も伝わっている。 そして、780年頃に編さんされた万葉集には湯河原温泉が登場する。万葉集の中で、湧き出す温泉を詠んでいる唯一とされる歌に「足柄の土肥の河内に出づる湯」という部分があり、この場所が現在の湯河原だとされている。

小さな川の両岸には、源泉を通していると 思われる
パイプが何本も走り、温泉地らしさを感じる。
  万葉集にちなんでつくられたのが、千歳川の渓谷の神奈川側にある万葉公園。碑文などを見ながら散策できる公園の一画に、9つもの足湯を集めた有料の足湯施設「独歩の湯」がある。独歩とは文人・国木田独歩のことだ。円形の植え込みに囲まれて、樹木や東屋風の屋根があり、一見すると普通の公園のように思えるが、小さなプールのようなものがいくつもあり、ここが湯を満たした足湯になっている。
 足湯の底にはそれぞれ違った形状の凹凸があって足裏を刺激する。名前もそれぞれあり、「脈胃の湯」なら血圧や胃の健康に効用があるとされ、「平静の湯」なら神経を穏やかにする作用があるとされている。万葉公園の近くには、山の中腹に建つ「こごめの湯」がある。町営で、休憩用の和室や軽食堂などもあるきれいな共同浴場だ。
 湯河原は古くから親しまれている温泉で、しかもその温泉を最大限に楽しむための新しい施設が整っている。  

万葉公園の一画にある足湯施設「独歩の湯」 。
一見普通の公園のようだが、9つもの足湯がある。

足湯の底にはそれぞれ違った形状の
凹凸があって足裏を刺激する。

大きな樽を模した足湯の源泉の注ぎ口。
ここから各々の足湯に配湯される。

湯河原の共同浴場、町営の「こごめの湯」。建物は
きれいで休憩用の和室や軽食堂などが整っている。
閑静な高台の旅館で体験する弱食塩泉
 箱根外輪山の南東斜面の峡谷に湯河原温泉はあるので、ちょっと川を外れるとそこは高台になる。そんな高台の静かな場所に日本旅館「阿しか里」がある。神奈川県西部一帯を指す足柄の地名を、例の万葉集の中では「あしかり」と読んでいることにちなんだ名前だという。
  ここには、落ち着いた雰囲気の内湯と外湯といくつかあるが、日本庭園の地続きにある「庭園内露天風呂」はとりわけ気持ちが良い。泉質はナトリウム・カルシウム−塩化物・硫酸塩泉。旧泉質名では含石膏−弱食塩泉となる。無色透明の無臭。口にそっと含んでみるが味はない。つまり刺激が少なく、肌にやさしい湯であることが分かる。お年寄りにも喜ばれるだろう。
  浴用の適応症としては、リウマチ、創傷、慢性湿疹、婦人病、痛風、高血圧症、動脈硬化症など幅広い。
  体をゆっくりと沈めてみると、やわらかく、じっくり温まる感じがする。それに、ここは空間が広く、顔に当たる風も穏やかだ。いつの間にか、気持ちがすっきりと解放されて、軽くなっているのに気づいた。

高台の閑静な場所にある旅館「阿しか里」。
数寄屋づくりの建物は、気持ちをホッとさせてくれる。


「阿しか里」の「庭園内露天風呂」。浴槽の周囲の
空間が広く、ゆったりと気持ちが解放される。


内風呂の「橘の湯」。湯は無色透明で刺激がなく、
誰にでも入りやすくじっくりと温まることができる。

「椿の湯 」の露天風呂。桜の季節には、
湯につかると頭上は満開の桜の花でおおわれる。

オープンして間もないエステ・マッサージルーム。
温泉入浴との相乗効果が期待できるという。
COLUMN
 東京方面から東海道線を下ってくると、小田原からは西に箱根登山鉄道が延びていて、箱根山へ突っ込んで行く。箱根湯本駅から先は、スイッチバックさえしながらジグザグに斜面を登る。一方、東海道線は小田原を抜けると、相模灘に臨む崖上を走り、いくつものトンネルを抜けながら南下する。東海道新幹線に至っては、このあたりはほとんどトンネルの中だ。箱根を越えて行くには、山をあえぎながら登るか、崖の上を静かに抜けて行くかしかない。それらの道の中間地点、山からは渓谷を下り、海からは川を登ると、そこに温泉があるのだから、西国からはるばる来た人も、東国から足を伸ばした人も、古来よりどれだけの人がここで心身を休めたことだろう。
(取材:岩間靖典)
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